伏黒恵

藍に注ぐ

「恵の好きなものォ?」しなやかなポニーテールが翻り、端整な顔がこちらを向いた。身の丈ほどもある呪具を携えた彼女は、激しい鍛錬の後だというのに汗ひとつ浮かべていない。対してその後ろをついていく私は、もう息も絶え絶えといった具合だった。今日の組…

アンビバレンツ

ぐぎゅるるる。足を踏み出した瞬間、なんとも情けない音が響いて、私はぎくりと動きを止めた。橙色に染まりゆく秋晴れの空の下、高専の石段の一段目に片足を乗せたばかりだった。二段上から鋭い視線が落ちてくる。そんなに睨まなくたっていいじゃない。「………

パステルカラーが似合う未来は

※「ネバーランドゆき水中列車」のその後のお話です※二人とも成人済み設定※モブが喋ります   「――はあ?」地の底を這うような低い声に、私はひくりと頬を引き攣らせた。日曜日の昼下がり、家族連れや若い男女で賑わうフ…

それが何かと聞かれたら

「ねえねえ伏黒、コンビニ行くんだけどさ〜」がちゃりとドアを開けると、ベッドに寝そべって本を読んでいる伏黒と目が合った。その深い青の瞳が不機嫌そうに細くなるのを見て、ノックを忘れたことに気づく。あ、またやっちゃった。いつも怒られるのに、すぐ忘…

くそくらえ純情

「伏黒くん。お、折り入って、お話があります」数歩先を歩く黒髪に向かい、私は意を決して切り出した。高専の長い長い石段をようやく登り切り、さて報告書をまとめるために事務室へ向かおうかというところだった。振り返った切長の双眸が、夕映えの中できらり…

ぎゅーってしてね

『大丈夫だ、怖くない』まだあどけない声で彼が言う。あたたかい手が私の背中を撫でた。労るように、宥めるように、何度も何度も。『ここにいるから』擦りむいた膝がじんじんと痛んで、泣き腫らした目は燃えるように熱かった。呪文みたいに繰り返されるその言…

ネバーランドゆき水中列車

お題企画※「プラットフォームで夜明け待ち」のその後のお話です※伏黒くんが二十歳   「あ。誕生日おめでとう、恵」駅のホームの丸時計がカチリとてっぺんを指した。十二月二十二日――すなわち、隣に立つ後輩の誕生日だっ…

寒いんだってねだってくれよ

お題企画   非常にまずいことになった。ふらつく頭を押さえ、なんとか足を踏ん張る。落ち葉の積もった地面はふにゃふにゃと柔らかくて、そのまま沈み込んでいくように錯覚してしまう。手の甲で拭った額には、冷たい汗がびっ…

好きがきらきら光るんです

お題企画※「最果ての星を喰っちまえ」のその後のお話です  「あんたさあ、ぶっちゃけ虎杖のことどう思ってるの?」「んん?」向かいの席で一心不乱にパフェを貪っていた野薔薇ちゃんが、突然手を止めてこちらを見た。私は私で、贅沢に…

さよなら純白

お題企画※中学時代※伏黒視点  ぬるま湯みたいだ、と思った。同級生のは、ピンセットに挟んだ白いコットンで丁寧に俺の顔を拭った。まるでシルクの洋服の染み抜きでもするみたいに慎重な手つきだ。の手がとんとんとリズムを刻むたび、…

プラットフォームで夜明け待ち

※伏黒視点※伏黒くんが高専四年生  「めぐみぃ、のんれる〜?」「飲んでませんよ」目の前の光景に、俺は目を覆いたくなった。つい二時間ほど前、久しぶりにご飯に行こうよ、と俺を誘ってきた相手はいま、グラス片手に上機嫌でニコニコ…

最果ての星を喰っちまえ

※伏黒視点  いつの頃からだったか、気が付けばのことばかりを考えるようになった。例えば電車の窓から見えた夕焼けをあいつにも見せてやりたいとか、さっきの店で流れていたあの曲が好きそうだなとか、雑誌で見た巨大なパフェを目の前…