それが何かと聞かれたら

「ねえねえ伏黒、コンビニ行くんだけどさ〜」

がちゃりとドアを開けると、ベッドに寝そべって本を読んでいる伏黒と目が合った。その深い青の瞳が不機嫌そうに細くなるのを見て、ノックを忘れたことに気づく。あ、またやっちゃった。いつも怒られるのに、すぐ忘れてしまうのだ。だって早く伏黒の顔見たいじゃん。

「……ノック」
「ごめん忘れた」
「反省の色なしかよ」

先手必勝とばかりに謝ったら、伏黒の眉間の皺がますます深くなった。謝ればいいってものでもないらしい。

「まあまあ。せっかくカワイイ彼女が遊びに来たんだからさ、ノックくらい許してよ」
「それとこれとは別だろ」
「えっ! カワイイは否定しないでくれるの?」
「……何の用だよ」

私の問いには答えずに、伏黒はのろのろと体を起こす。いまの沈黙は肯定と取りますよ。すっかり気分が良くなった私は、ベッドの縁に腰掛けた伏黒の隣にぼすんと勢いよく座った。遠慮なくその顔を覗き込んで、にっこりと微笑んでやる。伏黒は長い睫毛をぱちぱちと瞬かせながら私の顔を見つめ返した後で、特大の溜息をついた。

「……コンビニ、何買うんだよ」
「ついてきてくれるの!?」
「お前な、最初からそのつもりだったろ」

あ、バレてら。伏黒はやっぱりすごい。私の考えることなどなんでもお見通しだ。これってもはや愛では? なんて捲し立てると、お前がわかりやすすぎなんだと一蹴された。それでももう読んでいた本をしまって、財布とスマホを手に取って出かける用意をしている。そういうところが好きでたまらないのだと、言ったらきっとまた呆れられるんだろうな。

自分を含めてたった四人しかいないクラスメイトの一人である伏黒恵と付き合い始めたのは、つい二ヶ月ほど前のことだ。告白は言わずもがな私から。入学して初めて顔を合わせたときは、そのあまりの無愛想さに「絶対仲良くなれないな」なんて思っていたのが懐かしい。
伏黒はぶっきらぼうだし、冷静に見えて意外と喧嘩っ早い、なのに時折、ふっと解けるように優しい目をするところが好きだと思った。そこからはもう坂を転げ落ちるようにあっという間で、気がついたときには伏黒のことで頭がいっぱいになっていたのだから、人の心というのはわからない。

そして、その優しい眼差しがどうやら私にだけ特別たくさん向けられていたらしいことを、最近になって野薔薇がこっそりと教えてくれた。まじか、と思ったし口にも出した。玉砕覚悟の告白がまさかの成功を収めただけでも人生百点満点なのに、さらに両想いだったとか、そんなうますぎる話があるだろうか。きっと私は前世でとんでもない善行を積んできたに違いない。前世の私、グッジョブ。

「こんな買って食い切れんのかよ」
「女子会にお菓子とジュースはいくらあっても足りないんだよ」

コンビニでカゴ二杯分の買い物を済ませて外に出ると、空には薄い月が登り始めていた。さりげなく重いほうの袋を攫っていった伏黒の、つんつんした後ろ頭を眺めて密かに頬を弛める。今日はこれから野薔薇と真希さんとパジャマパーティーなのだ。きっと伏黒とのあれやこれやも訊かれるだろうから、たくさん自慢してやるつもりだ。もちろん今日のことだって。

スキップでもしたくなるのをこらえて伏黒の隣に並ぶと、不意に切長の目がついとこちらを向いた。透き通った深い瞳は、薄闇の中でもガラス玉のようにくるりと光る。急にそんな優しい顔しないでよ、どきどきしちゃうじゃん。

「……ん」
「う、え?」

唐突に手を差し出された。無意識に開いていた口から間抜けな声が出てしまう。恥ずかしい。慌てて唇を結んだ私に気づいているのかいないのか、伏黒はなおも空いているほうの手をこちらへ向けて、視線で私が提げているビニール袋を示した。

「そっちもよこせ、持つから」

……ちょっとご通行中の皆さん聞いてください、私の彼氏が優しすぎるんです!

買い出しについてきてくれた上、荷物までぜんぶ持ってくれるなんて、そんな優しい男がいると思います? それがいるんですよここに。ちなみに私の彼氏なんですけどね。そう叫び出したくなるのを必死に我慢する。ここが往来じゃなかったら抱きついているところだ。

「……伏黒、好き……」
「はあ? なんだよ急に」
「ね、荷物はいいからさ!」

怪訝な顔で眉根を寄せられても構いやしない。だって好きなんだもん。だから荷物は半分でいい。その節くれだった手にお願いしたいことは他にある。

「代わりにこれ持って?」

ビニール袋を渡す代わりに、自分の空いている手を差し出した。伏黒は一瞬だけ目を丸くして、それからふいっと明後日のほうを向いた。耳の先っぽがちょっと赤くなっているのは、私の見間違いじゃないはずだ。

「……高専着くまでだからな」

言葉と裏腹にぎゅっと強く結ばれた手を、負けないくらいの力で握り返す。わざとゆっくり歩いたら、やっぱり怒られるかなあ。

それが何かと聞かれたら


ワンライに投稿したお話を加筆修正したものです。

Title by 誰花