好きがきらきら光るんです

お題企画

※「最果ての星を喰っちまえ」のその後のお話です

 

 

「あんたさあ、ぶっちゃけ虎杖のことどう思ってるの?」
「んん?」

向かいの席で一心不乱にパフェを貪っていた野薔薇ちゃんが、突然手を止めてこちらを見た。私は私で、贅沢に大きく掬い取ったケーキを頬張った直後だったので、すぐには返事ができない。もごもごと口を動かしていると、痺れを切らしたらしい野薔薇ちゃんは、長い銀のスプーンを私の鼻先に突きつけた。

「とぼけても無駄。ネタは上がってんのよ」
「……、……ネタって」

昔の刑事ドラマじゃないんだから。ごくりとケーキを飲み下し、鋭い目つきをした同級生を見やる。美人がそんなに怖い顔をしないでほしい。あと、ケーキはもっとじっくり味わって食べたい。せっかく並んでまで人気のカフェに来ているというのに。

「虎杖くんは……えーと、強くて頼りになる子だと、思います」
「それから?」
「あ、明るくて、力持ち」
「……それから」
「モノマネがうまい!」
「もっとあんだろ」
「え、ええ〜……?」

野薔薇ちゃんの声がどんどん低くなってきて、私は困り果てた。これは何の試験なんだろう。同級生のことをどれだけ理解してるか選手権?

「ナマエ。隠さなくていいから、正直に言いなさい」

今度は諭すように言われ、ぐっと言葉に詰まる。野薔薇ちゃんは真剣な眼差しでこちらを見ていた。曇りのないブラウンの瞳が陽光に煌めいてすごく綺麗だ。この目で見つめられると私は弱い。

確かにまだひとつ、言っていないことがある。でもこれを打ち明けるには、幾分か勇気がいるのだ。

「……わ、笑わない?」
「笑わないわよ。……たぶん」
「たぶん」
「いいから吐け」

楽になっちまいな、と畳みかけられ、私は渋々と口を開いた。

「…………実家の犬に似てる」
「……は?」
「実家の、犬に、似てる!」

やけっぱちで繰り返したら、野薔薇ちゃんは一拍おいて盛大に噴き出した。笑わないって言ったじゃん!

「い、いぬ、犬ってあんた……!!」
「もお〜、だから言いたくなかったのに!」

――そうなのだ。虎杖くんは、私の愛してやまないゴールデンレトリバーにそっくりだ。大きな体に人懐っこい笑顔、朗らかな性格。虎杖くんを見るたびに、私は実家のわんこを思い出してきゅんとしている。さすがに頭を撫でることはできないけれど。

「はあ〜。ったく、紛らわしい顔すんなっての」
「なに、なんで怒られてるの私」

ひとしきりヒーヒー言いながら笑った野薔薇ちゃんは、今度は呆れたような顔で溜息をついた。

「じゃあ一応聞くけど、伏黒は?」
「……え」
「伏黒はどうなの」

想定していなかった名前が飛び出してきて、私はまたもや返答に困った。これってやっぱり同級生理解度選手権だったのか。

「伏黒くんかあ……」

つんつんした黒髪の男の子の姿を脳裏に思い描く。目を伏せた頬に、長い睫毛が影を落とすところ。骨張った指が美しく印を結ぶところ。しなやかな獣のように敏捷に駆けるところ。

「……伏黒くんは、かっこいいよねえ」

ぽつりと答えると、それまでつまらなそうに頬杖をついていた野薔薇ちゃんの口角が、にいっと吊り上がっていった。な、なんですかその顔は。

好きがきらきら光るんです

よく目が合うなあと気がついたのは、つい最近のことだ。体術の訓練の途中で、授業後の教室で、夜の寮の談話室で、ふと視線を感じて顔を上げると、決まってそこには伏黒くんがいた。

その深い青の瞳がただならぬ気配を帯びている気がして、私はいつも三秒と目を合わせていられない。野薔薇ちゃんには気のせいだと言われたけど、たぶん、気のせいじゃない。

(これは……殺気……!?)

虫眼鏡で集めた太陽光みたいに、じりじりと突き刺すような視線。これを殺気と言わずして何と言おうか。
でも困った。同級生の男の子に殺意を抱かれるなんて、私は知らぬ間にとんでもないことをしでかしてしまったのでは。

共有キッチンに立ってポットにお湯を注ぎながら、私は背後をチラリと盗み見た。今日は先輩たちも虎杖くんも野薔薇ちゃんもみんな任務に出てしまっていて、いま寮には私と伏黒くんしかいない。よく晴れた午後の談話室は静かで、時間の流れさえもゆるやかに感じられた。

ソファの背もたれから覗く黒い頭は眠たげに揺れている。伏黒くんは、私が共有のテレビでドラマの再放送を見る傍ら、かれこれ一時間近くもそこで黙って文庫本を読んでいた。活字を見ると頭が痛くなる習性を持つ私には、到底真似できないことだ。

(いつもなに読んでるのかなあ)

本を読むときの伏黒くんの横顔は、芸術品みたいに美しい。伏せた睫毛が太陽の光できらきらと光るのだ。そのままどこかの美術館に飾られたって少しもおかしくないと思う。

ふさふさの睫毛、羨ましい。私にも少し分けてほしい。ぼうっとそんなことを考えていたら、急に左手にチリッと痛みが走った。

「わっ、熱……!」

ポットの淵から溢れたお湯が流し台を盛大に濡らして、そこに手をついていた私の指先に触れたのだった。お湯を扱っているときに余所見なんかするもんじゃない。思わず声を上げたら、後ろでバサッと何かが落ちる音がした。

「――何やってんだ馬鹿、早く冷やせ!」
「えっ」

振り返ったときにはもう、伏黒くんが血相を変えてこちらへ駆け寄ってくるところだった。一瞬で目の前までやってきた彼は私の手首をむんずと掴み、水道の蛇口を全開にして、滝のように流れる水の中に突っ込んだ。冷たい水に晒され、瞬く間に指の感覚がなくなっていく。呆気に取られている私の隣で、伏黒くんは形の良い眉をぎゅっと顰めた。

「ふ、伏黒くん、本が落ちたよ……」
「あとで拾う」
「……あの、」
「何」
「……すごく、冷たいんだけど……」

冷やされ続けた私の手は、すっかり血の気を失って真っ白になっていた。元々大した火傷でもなかったのだ。それにようやく気がついたらしい伏黒くんは、バツの悪そうな顔で蛇口を閉めた。ザーザーとうるさかった水音が消え、途端に静寂が訪れる。

「…………悪い」

ぱっと手を離した伏黒くんの目元が少し赤くなっているのに気がついたら、なんだか胸の奥がきゅんとした。なあんだ。そういう顔もするんだ。

「……なんだよ」
「伏黒くんでも、そんな風に慌てることあるんだなあと思って……ふふっ」
「おい笑うな」
「ごめんって、ふふ、あはは」

普段あんなにクールな伏黒くんの照れた顔は、とびきり可愛かった。思わずにやけてしまった私の頭を、不機嫌そうな手がぐちゃぐちゃと掻き回す。でも、そうやって乱暴を装っているくせ、触れる指先はとても優しい。それがいかにも伏黒くんらしくて、私はまた笑ってしまった。

「伏黒くん、私のこと殺したいんじゃなかったんだねえ」
「はあ?」

目尻に浮かんだ涙を拭いながら言うと、伏黒くんの眉が跳ね上がる。

「だって、いつもすごい目でこっち見てるから」
「好きなやつ殺すほど猟奇的じゃねえよ俺は」
「だよね……え?」

さらりと吐かれた言葉を、私は危うく取りこぼしそうになった。え、いま、すきなやつ、って聞こえたような。

「……伏黒くん。私のこと、好きなやつって言った?」
「言った」

伏黒くんは平然と答えて、また眉間に皺を寄せた。不機嫌そうな顔はむしろふてぶてしくすらある。とてもじゃないけど、愛の告白をする人の表情には見えない。もしかして聞き間違いかな。もしくは私の脳内変換ミス?

「……念のため、聞くけど」
「ああ」
「伏黒くんは、私のこと、好きなんですか」
「好きだよ」

まっすぐな声で言われ、私は二の句が継げなくなった。聞き間違いでも変換ミスでもなかった。彼の目に宿る強い光がそう物語っている。

――つまり、いつも私のことを見つめていたのも、今日ずっとソファで本を読んでいたのも、ちょっと火傷しただけですぐに飛んできてくれたのも、そういうことですか?

「……お前、マジで鈍いな」

やっと気づいたのかよ。そう言って、伏黒くんはごつごつとした手で私の指を掬い取った。さっき火傷したばかりのそこを労るように、そっと柔らかく握りこむ。

それから、え、とか、あ、とか意味のない音を発するだけの有機物と成り果てた私を見て、ちょっとだけ唇の端を持ち上げて笑った。その宵闇色の瞳が挑戦的に閃くのを目にしてしまった途端、爪先からじわじわと熱が上ってくる。

「――そういう反応するってことは、」

なされるがままの私の左手に、伏黒くんはするりと指を絡ませた。擦れ合う肌の感覚が妙に生々しくて肩が跳ねる。いまなら頭のてっぺんから火を噴けそうだ。

「“脈アリ”だって捉えるけど、いいか」

……いいか、なんて、そんな意地悪な顔して聞くことじゃないでしょう。

絶句する私の目を覗き込んで、伏黒くんはゆっくりと瞬きをした。一回、二回と長い睫毛が蝶のように羽ばたく。その合間に放たれる熱線みたいな眼差しを浴びながら、私は心の中で、ここにいない友人に必死のSOSを送っていた。

ねえ野薔薇ちゃん、どうしよう。
睫毛だけじゃなくてぜんぶ、きらきらして見えるようになっちゃった!

 

 


のちに虎杖くんは実家の犬だったと知って脱力する伏黒くんと、あのとき発破かけてやった私に感謝しなさいよという顔をする野薔薇ちゃんと、まったく何も知らないうちに同級生二人がくっついていた虎杖くん。

お題:「最果ての星を喰っちまえ」のその後/こっこ様
お題ありがとうございました!伏黒くんは開き直ったらガン押しするタイプだといいです。

Title by エナメル