これは進行性のやまいです

※「群青に溺没」の続き。高専時代。

 

 

 

「五条に告白された?」
「うん」
「面白そうな話ですね」
「全然面白くないよ助けて」

誰もいない医務室で向かい合った硝子ちゃんは、素敵な笑みを浮かべて小首をかしげた。その仕草だけで国が傾きそうなほど可愛いけれど、言っていることはただの野次馬だ。ゴシップ話なら後でいくらでも付き合うから、いまだけはどうか真面目に聞いてほしい。

悟くんのもとから逃げ出して、私は一目散にこの医務室へやって来た。悟くんのことをよく知り、おそらく私なんかよりもよっぽど惚れた腫れたに詳しいであろう彼女を頼るためだ。先輩としての威厳など普段から無いに等しいが、今日ほど自分の不甲斐なさを自覚した日はなかった。しかし、もうなりふり構ってもいられない。

息を切らして助けを求めた私に悠然と微笑み、硝子ちゃんは扉の外に「処置中」の札をかけてから椅子を勧めてくれた。キャスター付きの丸い椅子に座って、それでどうしました? なんて聞かれると、本当にお医者さんに相談しているみたいな気持ちになる。

「で、五条はなんて?」
「俺と付き合ってよ、って……」

改めて口にしてみたら、途端に顔が熱を持ち始めた。思い出すだに恥ずかしいのに、悟くんはよくあんなにサラッと言えたものだ。続きを促すような硝子ちゃんの好奇の目にじっと見つめられ、居心地の悪さから何度もお尻の位置を直してしまう。

「それだけですか?」
「そ、それだけ……」
「クソですね」

硝子ちゃんはその可愛い顔から想像もつかないほど凄絶な舌打ちを放った。この子はいつも悟くんに厳しい。
そういえば、悟くんは他には、その、好きだとかは何も言っていなかったな……。

「そもそもこれって告白なのかな……?」
「さあ」
「悟くんは、私のこと……す、すきなのかな」
「ナマエ先輩はどうなんですか?」
「え」

硝子ちゃんのストレートな問いかけに、私はすぐには答えることができなかった。一体私は、悟くんのことをどう思っているんだろう。頭の中が散らかりすぎて、自分の気持ちを形にすることすらできないのがもどかしい。

最初は、不良みたいで怖い子だと思った。態度は悪いし、愛想もないし、サボってるし。けど、良くも悪くも目立つ彼を見ているうちに気がついたのだ。さも怖いものは何もないみたいに振る舞うくせに、ひとりになるといつもどこか寂しそうな顔をしていること。
放っておいてほしい。でも、構ってほしい。そんな我儘で、ひねくれていて、なのに真っ直ぐなところを見てしまったら、もう怖いなんて思えなくなっていた。

「なんというか……弟? みたいな? ほっとけないっていうか……」
「弟」
「……なのに気がついたら急に格好良くなっちゃってるし」
「ほう」
「いきなり付き合ってとかカノジョとか言うし……びっくりして、なんだか顔も見れなくなっちゃって……」
「へーえ」

上手い言葉が見つからず、あーとかうーとか言っている私に飽きてしまったのか、硝子ちゃんは適当に相槌を打ちながら携帯をいじっている。

「ナマエ先輩って、よく五条に付き合っていられるなーと思ってたんですよね」
「そ、そうなの……?」
「あいつ、いろんな意味で特殊だし。ナマエ先輩はナマエ先輩で、この界隈ではメズラシイ普通の人だから」

この子は他人に興味がないフリをして、その実よく周りを見ているなと思う。確かに悟くんは、この特殊な呪術界にあってもなお“特別”だ。対して私は平々凡々。おそらく育った環境だって全然違う。でも不思議と、彼との間に隔たりを感じたことがなかった。それはきっと、悟くんが一度懐に入れた相手にどんな風に笑いかけるのか、近くで見てきたからだ。

「……でも、そういうナマエ先輩だから五条は懐いたのかもしれないですね」
「それは」
「私は五条の気持ちとか分からないし、興味もないですけど」

硝子ちゃんは携帯をパタンと畳んで、悪戯っぽい顔で私を見た。その笑みはたいそう魅惑的で、私が男の子だったら、絶対に恋に落ちていたと思う。

「あいつなりにナマエ先輩のこと、大事にしようとしてるようには見えますよ」

硝子ちゃんはそう言って、私の背後に顔を向ける。その視線を追って行った先で、青い瞳と目が合った。

「じゃ、あとは本人に聞いてくださいね」

がんばって、なんてどちらに向けたのか分からない言葉を残して、硝子ちゃんはひらひらと医務室から出て行った。入れ替わるように、後ろ手で扉を閉めた悟くんが近づいてくる。待って、そんな真剣な顔しないで。

「ちょっ……と、待って、」
「待たない」

恥ずかしさのあまり顔を覆うようにかざした手は、簡単にとらわれてしまった。有無を言わせない口調とは裏腹に、悟くんの指は壊れ物にでも触れるかのように優しい。その温度差だけで眩暈がしそうだった。

「ナマエさん」
「だめ……いま変な顔してるから……!」

必死で下を向く私の頬にゆっくりと悟くんの手が添えられて、なす術もなく顔を上げる。快晴の空よりも深く澄んだ青の双眸に、今にも泣きそうな自分の情けない顔が映っていた。

「好きだ」

確かめるように、願いを込めるように、悟くんは言った。それから少しだけ照れくさそうに笑って、私の手をぎゅっと握った。

「俺のものになってよ、ナマエ」

あとはもう裏返りそうな喉で小さく返事をするしか、私にできることはなかった。

これは進行性のやまいです


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Title by 天文学