君の君たる所以の光

※七海視点

 

「ねえねえ七海! 次はあそこ!」

弾むような足取りで駆け出した彼女は、後ろを歩く私を振り返って手招きをした。

「前を見て歩いてください。転びますよ」
「はぁい」

聞いているのかいないのか定かでない返事を残して、彼女の姿はショップの自動ドアに吸い込まれていく。どうにも今日は随分とはしゃいでいるようだった。

とある平日の午後、珍しく時間が空いたと話したら、買い物に付き合って欲しいと頼まれた。どうせ荷物持ちにするつもりなのだろうとはすぐに見当がついたが、最近なかなか会えずに拗ねさせてしまっていた手前、無下に断ることもできず、こうして一緒に表参道を歩き回っている。私の両手にはすでにいくつもの紙袋がぶら下がっていた。

「まだ買うつもりですか」
「もちろん。今日は荷物持ちもいるし」
「……あなたは少しオブラートに包むということを覚えた方がいいですね」

アクセサリーのショーケースを熱心に覗き込む後頭部に語りかければ、悪戯な笑みだけが返ってきた。

洋服に靴、化粧品にインテリア雑貨と、彼女は気に入ったものを見つけると思うままに手を出した。私自身、身の回りの品には気を使うタチなので気持ちは分からなくはないが、それにしても躊躇というものがまったく感じられないのは、豪胆というべきか無鉄砲というべきか。

結局そこでもピアスとネックレスを購入し、彼女は満足げな顔で店を後にした。

「少し休憩しましょう。さすがに疲れました」
「あ、じゃあ私パンケーキ食べたい!」

かれこれ二時間近くも立ちっぱなし且つ荷物も増えてきたので、一時休戦を提案する。すると瞬時に次なる目的地を決定したらしい彼女は、私に是非を問うこともなく先に立って歩き始めた。こんなにも欲望に忠実な彼女を少し羨ましくも思う。

彼女の目当てのカフェはハワイアンスタイルのパンケーキが売りで、休日ともなれば若い女性たちで長蛇の列ができる有名店だ。幸い今日は平日ということもあり、すぐに席に着くことができた。

「あー買った買った。平日は空いてて買い物しやすくていいねえ」

とろとろのパンケーキを頬張りながら、上機嫌に彼女が言う買い物の疲れなど微塵もなさそうだ。女性の持つこういったタフさは、時に理解の範疇を超えている。

「こんなに買って、どこにしまうつもりですか。もうクローゼットは一杯でしょう」
「うーんそうなんだけど、やっぱり好きな人には可愛い服を着た綺麗な自分を見せたいじゃない?」
「その好きな相手に荷物持ちをさせておいて言うことですか?」

ため息混じりに言ってやれば、彼女は一瞬きょとんとした後で、おかしそうに笑った。

「その好きな相手が自分だって分かってるんだ?」
「自惚れではない自信はありますが」
「私、七海のそういうところが好きだなあ」

目を細めてこちらを見る彼女の、その溌剌とした笑顔が好きだと私は思う。太陽のように燦々と輝いて、周りを飲み込んでしまうほどの眩しさに憧れた。

それから三十分もしないうちに、彼女はぺろりとパンケーキをたいらげ、紅茶を飲み干してから、珍しく伺うような目をこちらに向けた。

「ね、最後にもう一軒だけ付き合って?」
「……まだ何か買うんですか」
「あと一箇所だけだから!」

お願い、と上目遣いで手を合わせられれば、断る選択肢は一瞬で消えてなくなる。恋愛は惚れた方が負けと相場が決まっているのだ。

 

「七海はここで待ってて、すぐに戻るから」

カフェを出てしばらく歩くと、ガラス張りの瀟洒なビルが目に入った。海外からの輸入品を多く扱うセレクトショップだ。私も何度か利用したことがある。

言われた通り、店のすぐそばのベンチに腰を下ろして彼女を待つ。周りにも何人か人待ち顔の男性がいて、お互い大変ですね、と心の中で声をかけた。しかしこんな風に彼女に振り回される時間が案外嫌いではないことにも、とっくに気がついている。

「なーなみっ、お待たせ!」

ことさら明るい声音に顔を上げると、目の前には綺麗にリボンをかけられた包みが差し出されていた。その向こうで彼女が満面の笑みを浮かべている。

「なんですか」
「開けてみて」

金色のリボンを解き、丁寧に綴じられた包み紙を外す。出てきた直方体の箱の中には、滑らかに光るネクタイが一本、澄まし顔で収まっていた。

「……これは」
「この前の任務で、お気に入りのが破けちゃったって言ってたでしょう」

だからプレゼント、と彼女は少しおどけた調子で言ってみせた。悪だくみが成功した子供のように誇らしげに、目を輝かせて。

「……まったく、あなたという人は」

無意識のうちに上がっている自分の口角を元に戻すことも、もう諦めてしまった。彼女に敵う日はきっと一生来ないのだろう。

君の君たる所以の光

「今夜はとことん付き合ってもらいますよ」
「望むところだよ」

 


愛で包み合っていればいい

Title by 誰花