星はしずかに水没する

※高専時代
※暗いです

 

 

 

 

 

ひとつ上の学年に、夏油傑という人がいた。

背が高く、長い髪を後ろで束ねた、切長の目をした男だった。ニヒルな口許に似合わず、優しく律儀な話し方をするところが好きだった。

夏油さんに初めて会ったのは、高専に入学したばかりの頃だった。方向音痴で寮への帰り方が分からず右往左往していた私に、声をかけてくれたのが彼だった。

「新入生? どうかしたの?」
「あ! あの、寮の場所が分からなくなっちゃって………すみません……」
「謝ることはないさ。こっちだよ、おいで」

変人ばかりと聞いていた呪術師にもこんなに優しい人がいるのだと、いたく感動したのを覚えている。

それ以来、五条さんに言わせれば金魚の糞のように、私は夏油さんについて回った。体術も、呪力操作も、馬鹿な私に分かるように根気強く教えてくれたのは夏油さんだった。話せば話すほど、私は彼に惹かれていった。彼の抱く愚直なまでの信念に共感した。私もそうありたいと思った。

そのことを告げれば、期待してるよ、と笑ってくれた。

 

高専で過ごす二度目の夏、夏油さんは少しずつ痩せていった。特級に上がったせいもあるのか、彼は任務で不在になることが増え、以前のようには会えない日が続いた。

私たちにとって、その夏は辛いことばかりだった。そんな鬱々とした気分を振り払いたくて、暇さえあれば彼の姿を探して高専内を歩き回った。

「夏油さん、稽古つけてもらえませんか?」

久しぶりに会った彼の顔は、やっぱりどこか陰っていた。

「ああ、ナマエ。……私より、悟に教わったほうがいいよ」
「……五条さんは意地悪するから嫌です」
「でも、悟のほうが優秀だ」
「夏油さんがいいです」

言い募る私に、夏油さんは少し面食らったようだった。

「しばらく見ない間に、ずいぶん我儘になってしまったようだね」
「……夏油さんが構ってくれないからです」
「まったく、手のかかる後輩だよ」

夏油さんの手が私の頬を撫でた。冗談めかした言葉とは裏腹に、彼はいつになく余裕のない表情をしていた。いつも彼を取り巻いている薄い膜のようなものが取り払われて、素のままの夏油傑を初めて間近に見たような気がした。
真っ直ぐな眼差しに射抜かれて、動けなくなる。その黒い瞳を見つめていたら、ふわりと風が起こって、彼の唇が私の額に触れ、すぐに離れていった。

「げとうさん、」
「私はもう行かないといけないんだ。すまない」
「どこへ」

夏油さんは答えずに、背を向けて歩き始めた。

「――帰ってきたら、稽古をつけてあげるよ」

星はしずかに水没する

そうして、彼は戻らなかった。
 
 

Title by 天文学