01

 

「ご、ごじょ、五条先輩! 好きです! 付き合ってください!!」
「え、無理」

ミョウジナマエ、十五歳。失恋しました。

 

 

 

たとえば世界の暗がりで

 

 

 

やってしまった。

えいやと勢いよく差し出した手は、虚しく宙に浮いたままだ。秒速で返ってきたお断りの言葉が、低く下げた私のつむじあたりに突き刺さった。

我ながら、よくもまあテンプレートのような告白をしたと思う。でも仕方がない。憧れの先輩を目の前にして気持ちを伝えるのに、誠心誠意をこめて頭を下げる以外どんな方法があるだろうか。まあ失敗したんだけど。

——今日、高専に入って初めて、五条先輩の姿を見かけた。
入学して早一ヶ月。ようやく憧れの五条悟と同じ学校に入ることができたというのに、彼は任務で忙しく、これまで話をすることはおろか、すれ違うこともできていなかった。

太陽の下でチラチラと光る白銀の髪を見つけた瞬間、胸が高鳴った。ポケットに手を突っ込んで少し猫背気味に歩く様は、記憶の中の五条悟とまるで変わっていなかった。

伝えたいことはたくさんあったし、会ったらなんて話そうかと、練習だってたくさんした。
私のこと覚えていますか。あのときはありがとうございました。ずっとお礼が言いたくて――そんな風に明るく感じよく話しかけたかった。のに、いざ彼を目の前にしたら、頭の中がすっからかんになったのかと思うくらい何も考えられなくて。

気がついたら、馬鹿正直にも程がある告白をしてしまっていた。

――どうしよう、これ。

顔を上げるに上げられず、地面をひたすらに見つめる。取り留めのないことばかりが頭の中を走馬灯のように駆け巡った。いや確かにそりゃあ『無理』ですよね。なんの前触れもなくいきなり告白されて頷くわけがないですよね。当たり前だ。私だって断る。もしかしてストーカーだと思われてたりする?

ああ私のばか。さようなら薔薇色の学園生活。後の祭りとはこのことだ。ぎゅっと強くつむった目の端に、じんわり涙が滲んだ。

「――悟、いくらなんでも断り方ってものがあるだろ……」
「あーあ、かわいそ」
「はあ? なんでこっちが気ィ遣わなきゃなんねーんだよ。つかこいつ誰」

頭の上でやいのやいのと言い合う声が聞こえて、はっと我に返った。嫌な予感がして恐る恐る顔を上げる。果たしてそこには、五条先輩の同級生二人の姿があった。

「げっ……!」

思わず上擦った声が出て、私は慌てて手のひらで自分の口を塞いだ。ぺちんと間抜けな音が鳴る。痛い。

「……とう、先輩に、家入先輩……」
「……ごめんね、聞くつもりはなかったんだけど」
「どうもー」

五条先輩の隣で困ったように眉尻を下げた背の高い男の人と、気怠げに片手を挙げてみせる女の人。二人を交互に見比べながら、私は頭のてっぺんから爪先まで一気に血の気が引いていくのを感じた。もしかして、もしかしなくても、私は人前で恥ずかしい告白をしてしまったのでは。

「初々しくて可愛かったよ? 私ならアリだな」
「硝子やめなさい」
「……!!」

水を失った魚のように口をぱくぱくと動かすだけの私に、家入先輩は美しく微笑んでみせた。終わった。ばっちり聞かれたし、見られた。緊張しすぎて五条先輩しか見えてなかったのだ。穴があったら私を突き落として埋めてほしい。できれば二度と出てこれないくらいしっかりと。

「お前ら知り合い?」
「一年のミョウジさんだよ。後輩の名前くらいちゃんと覚えろ」
「あーはいはい覚えとくわ。じゃ」
「おい悟、」

夏油先輩が諌めるのを軽く受け流して、五条先輩はひらひらと手を振った。きっと次に会ったとしても名前なんて覚えられていないだろうな、ということくらいは私にもわかった。私にとっての五条先輩が雲の上の人であるように、彼にとっての私は地面を這いずる蟻の一匹のようなものなんだろう。茫然とする私に青い瞳で一瞥をくれて、五条先輩は颯爽と踵を返した。

「名前も知らないやつと付き合えるかっての」

それでも、その後ろ姿さえ格好いいなんて思ってしまう私は、相当な馬鹿なのかもしれない。

「あ、あの、本当にすみません……お見苦しいところを……」

五条先輩がいなくなってようやく地に足がついた私は、残る二人の先輩に向かってさっきとは違う意味でまた頭を下げた。真新しい制服の裾をぎゅっと握る。今頃になって、額からはだらだらと汗が流れ出してきた。五条先輩にも恥をかかせてしまった。しかも木っ端微塵に振られたし。ああ、また涙出そう。

「いや、こちらこそ……悪いね、あいつはああいうやつだから」
「ナマエちゃんだっけ? 五条はまじでやめといたほうがいいよ。たぶん地球上で一番性格悪いから」

夏油先輩はたいそう居心地の悪そうな顔で謝ってくれるし、家入先輩はその綺麗な顔に似合わぬ辛辣な言葉で忠告をくれた。同級生にこうも言われる五条先輩って、などと余計なお世話にも程がある考えが頭をよぎる。
それにしても、私が心配していたほど二人は気にしていないようで、いくらかほっとした。噂に聞いていた通り、やはり呪術師というのは変わり者が多いのだろうか。それでも死にたくなるくらい恥ずかしいことに変わりはないのだが。

「いえ、私がその、何も考えずに突っ走ったせいで、五条先輩にもご迷惑を……」
「あー、こういうのあいつ慣れてるから、気にしなくていいよ」

家入先輩はあっけらかんとしている。確かに五条先輩は有名人だし、それでなくても目立つ見た目をしている。きっと呪術界に限らず女性からの誘いは多いだろう。もしかしたらもう恋人がいるのかな。悪いことしたなあ……。

恥ずかしさが幾分か引いてくると、入れ替わるように今度は鬱々とした気持ちが湧き上がってきた。せっかく同じ学校に入れたのに。仲良くなる方法なんていくらでも探せたはずなのに。初っ端でゲームオーバーだ。もう変なやつとしか思われないだろう。自分で招いた事態にも関わらず、胸がずきりと痛んだ。

「ちなみにさあ」

そんな私に気づいているのかいないのか、家入先輩は何かを思いついたようにずいっと距離を詰めてきた。整った顔を見上げて、睫毛のカールすごいな、なんて思っていると、先輩はあけすけな口ぶりで言った。

「五条のどこがよかったの?やっぱ顔?」
「え!? えと……」

これは面白半分、というか面白さしかないというお顔だ。目が輝いてるんですけど。

「……五条先輩はたぶん、覚えてないと思うんですけど」

澄んだ丸い瞳から目を逸らしながら、脳裏に五条先輩の姿を思い描く。五条先輩に初めて出会った日。私を救ってくれた日。あのときのことは、鮮烈な光のように私の中に焼き付いている。

「……前に、助けていただいたことがあって。私の命の恩人なんです」
「ふーん?」

私の答えが求めていたものと違ったのか、先輩は興味を失ったようだった。それ以上の追及はなく、代わりにその白くて華奢な手を差し出してくれる。

「まあ、これからも何かと付き合いはあるだろうし。とりあえずよろしく、ナマエちゃん」
「……! こちらこそ、よろしくお願いします!」
「女の子が入ってきて嬉しい。うち、女子少ないし、男もクズ野郎しかいないからさあ」
「くず……」

それって夏油先輩も入っているんだろうか。彼女の後ろからこちらを見ている涼しげな黒い瞳と目が合いそうになり、慌てて視線を戻す。おかしそうに目を細めた家入先輩の手を取って握手を交わしながらも、明日からの生活を思うとまた頭が痛くなった。

「今度から五条先輩にはどんな顔で会ったらいいんでしょうか……」
「うーん、とりあえずガン飛ばしとけばいいんじゃない?」
「え」

固まった私を見て家入先輩はからからと笑い、夏油先輩は呆れたように苦笑していた。

 

 

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2021.05.11 加筆修正